世界のダイヤモンドにまつわるお話

これまでの記事で、ダイヤモンドの4Cやカットの種類について記載いたしましたが、今回は趣向を変えて、世界的に有名なダイヤモンドについてお話ししたいと思います。

ダイヤモンドにまつわる逸話や悲劇、雑学など、様々な角度からご紹介します。

1.世界的に有名なダイヤモンド

世の中には美しいだけではなく、大きさやエピソードによって歴史に名を残したダイヤモンドというものが数多くあります。

今回はその中から一部を紹介したいと思います。

 

コ・イ・ヌール・ダイヤモンド

1304年頃にインドで発見されたコ・イ・ヌールは186ctもあり、当時世界最大のダイヤモンドでした。

このダイヤは女性が持つと幸福になるが、男性が持つと不幸になると言われてきました。

インドの王族からムガール帝国の手に渡り、ペルシャ王のもとへと人手を転々としました。

その後、ビクトリア女王に献上され再研磨して108.93ctになりました。

あまりの美しさに「コ・イ・ヌール(光の山)」と叫んだことが名前の由来になったようです。

現在はタワー・オブ・ロンドンに保管されています。

 

カリナン・ダイヤモンド

1905年に南アフリカでこれまでに見たこともないような巨大なダイヤの原石が発見されました。

鉱山の所持者の名前からカリナンと付けられ、その大きさは約3106ctもありました。

カリナン・ダイヤモンドはイギリス国王の命により9個の大型のダイヤと、96個の小型のダイヤに分けられ、大型のダイヤにはそれぞれⅠ世~Ⅸ世まで名前が付けられました。

その中でも一番大きいダイヤがカリナンⅠ世で530.20ctもあり、別名「アフリカの星」と

呼ばれ、当時世界最大のダイヤモンドでした。

ちなみに原石のカットを命じられた技師は、極度の緊張のあまり倒れてしまったそうです。

現在はコ・イ・ヌールと共にタワー・オブ・ロンドンに保管されています。

 

リージェント・ダイヤモンド

1701年にインドの鉱山で発見された、世界で最も美しいダイヤの一つと称されるリージェント・ダイヤモンド。

原石のサイズは410ctもあり、英国に送られた際に140.50ctに研磨されました。

その後、フランスのルイ15世の摂政(リージェント)であったオルレアン公が買い取り、フランス王家の至宝となりました。

1792年には盗難に合いますがすぐに発見され、皇帝ナポレオンの戴冠式では剣の柄にはめ込まれました。

常にフランス王家と関わってきたリージェント・ダイヤモンドは、その後もフランス政府によって管理され、現在もルーブル美術館に保管されています。

 

2.名もなきダイヤと最も美しいとされたダイヤ

1985年、南アフリカで発見された原石は755.50ct。

カラットもクラリティも素晴らしいダイヤでしたが、カラーに問題がありました。

ファンシーイエローブラウンと呼ばれるオレンジがかかった濃いブラウンでした。

この原石は当初、全く価値がなく「名前のないただの褐色の石」として扱われていました。

翌年の1986年、同じ鉱山にて599ctの原石が見つかり、カラットでは「名前のない褐色の石」に見劣りしますが、クラリティ・カラー共に最高に美しいダイヤモンドでした。

このダイヤモンドは、デビアス社の100周年記念の時に、原石のまま紹介されたことで、100年の意味である「センティナリー・ダイヤモンド」と名付けられました。

デビアス社は「センティナリー」をカットするよう依頼しましたが、このサイズのダイヤをカットするには専門的な技術とかなりの時間が必要でした。

しかも、もちろん失敗は許されないのです。

そこで、「センティナリー」をカットする際の試験用の石として「名前のない褐色の石」が提供されました。

この石ならたとえ失敗しても問題ないと思われたからです。

しかし、カットの依頼を受けたギャビ・トルコフスキーは、この石に美しさを感じ、世界で一番大きなダイヤモンドを作り上げようとしました。

「名前のない褐色の石」は545.67ctにカットされ、それまでカットされたダイヤモンドでは世界一であったカリナンⅠ世(530.20ct)を上回りました。

その後、「名前のない褐色の石」はタイ国王の治世50周年の記念の品としてタイ王室に献上されました。

そして、「名前のない褐色の石」は英語で50周年の意味を持つ「ゴールデン・ジュビリー」と呼ばれるようになりました。

カッティングを施した中で最も大きいダイヤモンドがこの「ゴールデン・ジュビリー・ダイヤモンド」です。

一方、「センティナリー」は273.85ctにカットされ、値段もつけられないほど世界で最も美しいダイヤモンドとして称賛されました。

名もなきただのダイヤは、最も美しいとされたダイヤと共に、デビアス社によって次第に世に知られるようになったのです。

 

オルロフ・ダイヤモンドの正体とは?

オルロフ・ダイヤモンドは卵を半分にカットしたような珍しい形をしたダイヤで、189.62ctあります。

このオルロフ・ダイヤモンド、1774年に名前の由来ともなったグレゴリーオルロフ伯爵がロシアの女帝エカテリーナ2世に献上した物です。

アムステルダムのオークションでオルロフが競り落としたとされていますが、実はこのオルロフ・ダイヤモンド、ヨーロッパに流れ着いた過程が不明です。

これほど大きなダイヤモンドでありながら、原石はもちろん、発掘場所さえも分からず謎に包まれています。

オルロフ・ダイヤモンドは、かつてインド大陸で栄華を誇ったムガール帝国にあった「グレート・ムガール・ダイヤモンド」ではないかと言われています。

インドで発見されたグレート・ムガールは原石が787.50ctもあったとされていますが、フランス人宝石商のタベルニエの旅行記には、280ctほどにカットされ、卵を半分にしたような形であったと記載されています。

その後1739年にペルシャ人に略奪され、1747年に行方が分からなくなりました。

重量以外は似ていることから、グレート・ムガール・ダイヤモンドはオルロフ・ダイヤモンドではないかと言われています。

一説にはタベルニエが、インドの重量の単位とカラットを取り違えたのではないかとも言われています。

また別の説では、インド南部のスリランガン寺院の女神像の瞳にはめ込まれていたものではないかという声もあります。

1751年にフランス人脱走兵に盗まれますが、その後アムステルダムにたどり着くまでに携わった人々が次々と不幸な死を迎えました。

これはムガール帝国の王子によって寺院に奉納される際に「この石に触れるものに災いあれ」という呪いがかかっていた為とも言われております。

本当にこの石がグレート・ムガール・ダイヤモンドだったのか、呪いはかかっていたのかなど、謎の多い石として、現在もロシアのクレムリンにて眠っております。

 

呪われたダイヤモンド ホープ・ダイヤモンド

珍しいファンシー・ブルーのダイヤモンドで、45.50ctあります。

呪われたダイヤの異名を持つ石で、転々と変わった持ち主を次々と不幸に陥れました。

オルロフ・ダイヤモンドの話で出てきた、宝石商兼旅行家のタベルニエがインドで購入し、ルイ14世が購入したとされています。

その後、フランスは衰退の兆しを見せ始め、フランス革命が起こりました。

ルイ15世は天然痘で亡くなり、皆さんもご存知のルイ16世とマリー・アントワネットはフランス革命でそろって処刑されました。

1792年に盗難され、紛失されましたが、1830年にサイズがかなり小さくなってロンドンに現れます。

その後、名前の由来となるホープ家に渡り、4代の間所有されました

しかし、ホープ家では当主が事故にあい破産、家族にも不慮の死や事故などの不幸が続きました。

ホープ家の手を離れた後も不幸は続き、最後は宝石商ハリーウインストンが購入しました。

現在はやっと気が済んだのか、ワシントンのスミソニアン博物館でひっそりと展示されています。

ちなみに、ダイヤモンドには蛍光性があるものがありますが、ホープ・ダイヤモンドは血のように赤い蛍光を発したとのことです。

このホープ・ダイヤモンドについては真偽が定かではない話や、誇張されたエピソードも多いです。

しかし、真実がいかなるものであっても、ホープ・ダイヤモンドの青い輝きを見たとき、人々はその美しさと共に不幸な伝説も思い出すことでしょう。

ブラッド・ダイヤモンド

最後にご紹介するのはブラッド・ダイヤモンドです。

同名で映画化もされた為ご存知の方も多いでしょうが、ブラッド・ダイヤモンドは別名「紛争ダイヤモンド」と呼ばれます。

不吉な名前ですが、その名の通り内戦や紛争地帯で反政府軍によって発掘されたダイヤモンドのことをさします。

反政府軍が発掘したダイヤモンドを先進国などに販売し、手に入れた外貨によって戦争に使う武器等を購入します。

そして、それによって戦いは長期化していきます。

これがブラッド・ダイヤモンドというものです。

映画のブラッド・ダイヤモンドで語られているのは、アフリカの小国のお話ですが、各国にこのようなブラッド・ダイヤモンドはまだ数多く存在しています。

しかし、いつまでもこのような行為を認めることはできないとして、各国からブラッド・ダイヤモンドの購入を制限しようという動きが起こりました。

2000年に南アフリカで行われたキンバリー・プロセスと呼ばれる会議では、「ブラッド・ダイヤモンドを根絶する」ということで一致しました。

ダイヤが流通する中で、ブラッド・ダイヤモンドとは無関係であるということを明記し、保証するように義務付けられ、2003年には40カ国以上の国々が参加しました。

しかしながら、キンバリー・プロセス参加国であるガーナでブラッド・ダイヤモンドが混入されていることがありました。

現在は規制も厳しくなりましたが、ブラッド・ダイヤモンドを0にするのはまだまだ難しいのかもしれません。

日本では婚約指輪などに使われることが多い幸福の象徴ダイヤモンド。

一方でそのダイヤモンドが人々を不幸にする為に使われている可能性があります。

いつの日か世界中からブラッド・ダイヤモンドがなくなる日が来るのでしょうか。

いかがだったでしょうか?

今回は世界中の有名なダイヤモンドについてお話いたしました。

「ダイヤモンドは永遠の輝き」というキャッチコピーがありますが、ダイヤモンドという鉱石を表すのにピッタリと言えるでしょう。

古来より人々を魅了してきた宝石ダイヤモンド。

その輝きには先人たちの苦労や様々な伝説の上に成り立っているのかもしれません。

光り輝くものには必ず影ができます。

ダイヤモンドのように光の輝きが強ければ強い程、反対に影の部分も強くなるのかもしれません。

でもそれもまた、ダイヤモンドの魅力なのです。

 

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